
業界動向
Access Accepted第826回:「Marathon」でアートスタイルの盗用が判明。SIEのライブサービス事業に暗雲立ち込める
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PvPvEシューターの「Marathon」を開発するBungieがやらかしてしまったアート盗用事件。これまでも何度か同じ失態を繰り返していることもあり,ゲーマーコミュニティで大炎上中している。古参デベロッパであるBungieと「Marathon」の命運だけでなく,ライブサービス化を推し進めてきたソニー・インタラクティブエンタテインメントの計画にも暗い未来しか見えてこない状況に陥りつつある。
疑惑ではなく“確定”のアートアセット盗用問題
ソニー・インタラクティブエンタテインメント傘下で,「Destiny」や「Halo: Combat Evolved」などを生み出したことで知られるアメリカの名門デベロッパのBungieが揺れている。今年9月に正式ローンチ予定の「Marathon」のアートスタイルに盗用が発覚したためだ。
ことの起こりは5月15日,イギリスを拠点に活動するグラフィックスアーティストのANTIREAL氏が,自身のXアカウントで自分の作品と「Marathon」のアートワークを比較し,「Marathonのアートアセットには,私が2017年にデザインしたポスターが流用されている」とコメントしたのだ。現在までに1000万を超えるビューを獲得している。
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その後もANTIREAL氏は,「私が過去10年にわたって磨き上げたデザイン言語を利用するのに,Bungieが私を雇用する必要はないが,私のアイデアを略奪し,出典を明記せずにゲーム全体に利用されているのはどうなのでしょう? 私には裁判を起こすようなお金も気力もないし,この10年でこれらの作品から安定した収入を得たことは一度もなく,生きていくのもやっとの中なのに,大企業のデザイナーたちが簡単に流用したり寄生したりする行為にはうんざりする(一部省略)」と綴っており,一気にゲーマーコミュニティからの支持を得ることになった。
この件について,Bungieが主催する開発者ライブストリーミング配信セッション「PlayMA」で,Bungieのアートディレクターのジョセフ・クロス(Joseph Cross)氏が公式に釈明を行った。
要約すると「2020年まで我々のもとで働いていたアーティストが参考資料として利用していたアートワークが,ANTIREAL氏のものであることを明示しないまま辞めたため,気付かずに利用してしまっていました。今後,関連するすべてのアセットを取り替えます」とのことだ。
以降ANTIREAL氏は,ゲーマーコミュニティからのサポートに対して感謝するなどに留まり多くを語っていないが,現在もBungieは大炎上している。同社の内部事情に精通するForbes誌のポール・タッシ(Paul Tassi)氏は,「今回の盗用は,Bungieにとっての最後のストローになるかもしれない」と,記事の中で述べている。最後のストローとは,これまでのBungieのクリエイティブな評価が,もはや吸い上げられるほど残されていないことを意味しているのだろう。
発売前の作品であるだけに,本来ならアセットの流用を認めたうえで取り替えると表明しているならそれで終わる話ではあるが,Bungieは過去に少なくとも4回,2023年から2024年にかけての「Destiny 2」のDLCに関連したアートワークで,個人アーティストが無料公開していたアセットを盗用している。今回の大炎上もその経緯があるからであり,もはやBungieはゲーマーコミュニティから「盗用常習者」のレッテルを張られつつある。
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Bungieのこれまでの軌跡と,失敗続きのSIEの思惑
Bungieは,シカゴ大学在学中に意気投合したアレックス・セロピアン(Alex Seropian)氏とジェイソン・ジョーンズ(Jason Jones)氏によって,1991年に創業された。その処女作は,ジョーンズ氏が高校時代から作り上げていたというMacOS向けRPG「Minotaur: The Labyrinths of Crete」だ。その後,「DOOM」を起点とする1人称カメラ視点型のアクションジャンル「FPS」が盛況となり始めていた1994年に,「Marathon」をリリースしたことによって,その名を一気に轟かせた。
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Microsoftに買収された翌年の2001年にXboxのローンチタイトルとしてリリースされた「Halo: Combat Evolved」は,コンシューマゲーム機におけるFPSの大人気シリーズになるまで成長を遂げた。しかし,いわゆる燃え尽き症候群により,セロピアン氏は2002年に退社。ジョーンズ氏も「Halo 2」のリリースからほどなくして一時的に離職している。
2007年掲載のこちらの記事にもあるように,ジョーンズ氏が復帰して間もない2007年には,Bungieから次々と退職者が出てしまい,結局はMicrosoftとの契約が打ち切られている。2017年にVice誌が掲載した回想記事によると,ジョーンズ氏を含めて多くのBungieの従業員が「Halo」シリーズばかりを開発する任務に飽きてしまっていたようで,ある意味でBungieがMicrosoftから離脱するための,計画的な弱体化だったのかもしれない。
事実,ジョーンズ氏はBungieが手掛けた最後のシリーズ作品となった「Halo 3」には関わらず,その当時から自身のオフィスで新しいシューティングゲームの構想やプログラミングに明け暮れていたという。2011年には「Starside」というコードネームの新作をアナウンスしているが(関連記事),これがActivisionとのパブリッシング契約による2014年の「Destiny」となった。
「第713回:ライブゲームを機軸に,SIEによるBungieの買収を考える」で詳しく解説したが,2022年1月にSIEが36億ドル(当時の約4139億円)でBungieを買収した。巨額買収の大きな理由となったのが,これまでオンラインに弱かったPlayStationファーストパーティータイトルの「ライブサービス化」であるとされている。
つまり「ゴッド・オブ・ウォー」や「アンチャーテッド」といった,巨大なファンベースを得ながらもシングルプレイヤー専用ゲームであるため,長期的な収益性や定着率の低い状況を,Bungieの持つノウハウを駆使してあらためようという狙いがあったわけだ。
現在PlayStation Studiosを統括するハーマン・ハルスト(Herman Hurst)氏の肝いりとされていたプロジェクトであるが,残念ながら現在もその成果はほとんど感じられていない(関連記事)。
このプロジェクトの一貫として2024年9月にリリースされたヒーローシューター「CONCORD」が,ローンチ直後の最大同時接続者数が697人しかいかず,たった2週間でサービスが打ち切られたという惨状は,多くのゲーマーにとって記憶に新しい出来事ではないだろうか(関連記事)。
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いばらの道を歩み始めたBungieと“ライブゲーム化”計画
PvPvEベースのエクストラクションシューターとして開発が進められている「Marathon」については,メディアやコアゲーマー向けのプレイテストも4月末に実施されているが,SNSサイト「Reddit」の「r/Marathon」に掲載された当時のフィードバックを読むかぎりでは,ゲームプレイの意見については厳しいものが目立つ。
SteamDBによると,初日のアクセス者数が最も多く,4日後の最終日には80%減になっていたというのも,その将来性が懸念されるところであろう。
2022年のGame Developers Conferenceにおいては,「箱製品からライブサービスへ:Destiny 2はいかにBungieを変えたのか」というタイトルで,Bungieのゼネラルマネージャー(現チーフ開発オフィサー)であるジャスティン・トゥルーマン(Justin Truman)氏が登壇したセッションをレポートしている。
その中でトゥルーマン氏は,「Destiny 2」もローンチ当初は評価が低く,「ライブサービスとしての意識改革」を社内で行うことによって,徐々にファンの評価が高められていったと解説した。つまり「Marathon」もプレイテストで低調であっても,時間をかけて良い作品に仕上がっていくことはあり得るだろうし,Bungieの力量なら十分に可能であろう。
開発者ライブストリーミングシリーズのメインホストであるゲームディレクターのジョー・ジーグラー(Joe Ziegler)氏は,2022年にBungieに入社したばかりだが,Riot Gamesでは「VALORANT」の開発を主導していたというやり手だ。また,ジョセフ・クロス氏も2019年に入社ながら,それまではハリウッドで「DUNE/デューン 砂の惑星」「ゴースト・イン・ザ・シェル」「デッドプール 2」などの大作映画に関わってきた経験豊富なアーティストであり,現状から好転させていくこともできるはずだ。
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しかし,懸念されるのはSNSで騒がれている「MarathonのCONCORD化」で,悪評ばかりが先行してゲームプレイには誰も目をくれないという状況に陥ってしまうことだろう。「アセット変更後は地味過ぎて興味を失った」というような,アートスタイルばかりを揶揄するコメントで溢れてしまってもおかしくはない。
さらに言えば,「Marathon」のプレイテスト期間中でポジティブな評価を受けていたひとつの要因が環境アートであり,それがインスパイアされたというレベルのものではない盗用だったのだから失望したファンも多いはず。長らく嘲笑のネタになっていくのは止むを得ない状況だ。
Forbes誌のテッシ氏により,5月16日に掲載された記事では,Bungieの社内ではモラルが大きく低下しており,現在は上層部とSIEのあいだで,“積極的に敵対的な市場環境”の中で,どのように「Marathon」を扱っていくべきか,リリースの延期を含めての協議が始まったという。
ローンチ後に「Destiny 2」やHello Gamesの「No Man’s Sky」のように何年もかけて起死回生を狙うか,誰からも見向きもされず数週間でサービス打ち切りを迎えてしまうか,あるいは開発を延期してファンの求めるPvEコンテンツの拡充や世界観の変更など抜本的な改良を行うか,ローンチ前のゲームなので可能性は多く残されているが,いずれにしても採算度外視の難しい舵取りを迫られるのは必至だろう。
Bungieと「Marathon」の未来だけでなく,SIEが推進してきたライブサービス化計画にとっても,多大な影響を与える事件になってしまったと言わざるを得ない。
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著者紹介:奥谷海人
4Gamer海外特派員。サンフランシスコ在住のゲームジャーナリストで,本連載「奥谷海人のAccess Accepted」は,2004年の開始以来,4Gamerで最も長く続く連載記事。欧米ゲーム業界に知り合いも多く,またゲームイベントの取材などを通じて,欧米ゲーム業界の“今”をウォッチし続けている。
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