
連載
蓬萊学園の揺動!
Episode01
のちに学園を救う事になるヒロインは入学した!
(その3)
悲鳴が響き渡ります。
壇上の先輩がたがギョッとしてこちらを見つめてます。
アホ毛の女の子がバランスを取ろうとしてモヒカンさんの髪の毛を引っ張ります。
「痛てっ!」
「なんだ、何事だ!」
「ちょ、ちょっとちょっとちょっと痛ててて」
「助けて!」
「押さないで!」
「タブレット! 僕のタブレットに触るな!」
「ああっ窓の外に! 窓の外に!」
「ん? 誰か窓開けた?」
「はい浮き輪安いよ安いよ浮き輪だよ安いよ〜!」
いろんな声が反響して――その時。
ふわりと壇上から舞い降りてきて、わたしの腕をつかんで抱き起してくださったのが、あのお方だったのです。
「危ないところだったね、子猫ちゃん」
地上のものとは思われぬほどの美しいお顔のドアップです。
どこか遠くのほうでは、まだ新入生ドミノ倒しが続いているようでした――悲鳴が「押すなおすなオスナ!」「なんじゃゴラやるんかワレ!」と反響しているんです――が、そんなことにかまっちゃおられません。
何しろ目の前に、紫苑さまの御尊顔が!
暖かい吐息が!
香りが!
お肌のぬくもりが!
ああああわあわあわ、わたしもう我慢できない!言わなくちゃ、この想いを伝えなくちゃ!
それで、わたし。
「ああああのあのわたしあなたのことを心から愛してまふ結婚してくばざぶわくちょん!」
せっかく叫んだ愛の告白が、後半は猛烈なくしゃみになってしまったんです。とほほほ。
大講堂の全員が、息を呑む音が聞こえました。とっても恥ずかしいです。今すぐ、どこでもドアで冥王星まで逃げちゃいたいです。
でも紫苑さまは、どこまでも素敵でした。
ブレザーの内ポケットから絹の白いハンカチーフを取り出し、優しくわたしの鼻を拭いてくださったんです。あ、その前にご自分の頬に飛び散ったわたしの飛沫と洟水を拭いておられたんですけれど。
そして紫苑さま、おっしゃいました――
「ありがとう、子猫ちゃん。気持ちはとっても嬉しいよ。でもね、この私は女だし、女性を愛する気持ちはよく判らないのサ……そして仮に男だったとしても――ああ、どんなにそれを願ったことだろう! ――それでも一般生徒と恋愛するわけにはいかないんだ。私は上級学生だからね」
上級学生!
って何だっけ。
すると横から京太くんが駆け寄ってきて、懐からスマホを取り出し、〈学園百科事典〉と書かれたページを見せてくれました。
上級学生:西暦2010年代終盤から蓬萊学園で実施されている学園特別奨学制度によって入学・編入している生徒に対する俗称。詳細は上記項目に詳述する。→さらに「花屋敷」「美形(学園内)」「差別(学園内)」等を参照
「え、奨学金をもらってると恋しちゃいけないんですか」わたし、京太クンに素早く囁きます。「それはつまりAナントカBの47だか48だかで丸刈りにされて謝罪ビデオを公開させられるアレですか」
「じゃなくって特別奨学生です。生徒のほうが、学園に莫大な金額を寄付してるんです、それが一般生徒たちへの奨学金とか補助金って形で還元されて、学費やら寮費やら部活の補助金やらになってて。でも、その上さらにエコ贔屓があっちゃいけないっていうんで一般生徒との親密な関係は金輪際御法度、と」
京太クン、最後だけ急に時代劇みたいになってます。
でもその気持ちはちょっとわかりました。この制度、なんとも時代がかってて……歴史の教科書にしか出てこないような……つまりとっても古風な貴族と平民がどうのっていうやつじゃないですか!
わたし、あまりにビックリして、紫苑さまの御尊顔をマジマジと見つめてしまいました。
紫苑さまは、ニッコリ笑って、ひょいと肩をそびやかしました。
その動き、なんて優雅で、しかもお茶目だったことでしょう!わたしは尊さの余り、思わず三跪九拝しました。あら、わたしも時代がかっちゃった。
と、その直後です。
二つのことが同時に起きました。
まさかこんな19世紀から20世紀の児童小説によく出てくる「二つのことが同時に起きました」なんていう表現を自分で使うとは思いもよらなかったんですけど、とにかく起きちゃったんだからしょうがありません。
一つ目は、女生徒たちの黄色い悲鳴、というか黄色い大合唱でした。間違いなく、紫苑さまの親衛隊のものです。見上げると、講堂の壁際には二階席や三階席があって、たくさんの生徒で埋め尽くされてます。どうやら先輩がたのようです。
わたしなんかよりずうっと早く、紫苑さまにハートを射抜かれて全身全霊を捧げまくっている諸先輩がたがおられるのです。それもそうですよね。だってこんなに素敵な方なんですもの。
でもって二つ目は……どこからともなくゴロゴロと地響きのような音が聞こえてきたんです。
「まずい、これはまずい!」
京太クンが叫びました。そして天井を見上げます。三階席の上、はるか100メートルは上にあろうかという、高い高い天井です。照明も高すぎて、ボンヤリと虹色にボケて見えます。あ、これはわたしの目がうるんでるせいでしょうか。
でもそうじゃありませんでした。
とつぜん、雨が降ってきたのです!
「逃げるんだ、そよ子さん!」
「え、でもまだ入学式の途中……」
でも、京太クンはわたしの腕を掴んで走り出すんです。
「この記念講堂は今とっても危ない状況なんだ! アプリを見て!」
「アプリ?」
「ほら、入学前にインストールしろって言われてただろ? あの中に、さっきの学園百科事典が入ってるから!」
私は大あわてでスマホを取り出しました。
学園百科事典――記念大講堂――危険性(気象)。
気象?
わたし、その項目を開いたんです。
記念大講堂――危険性(気象)……大講堂のあまりにも巨大なサイズのために内部の空気は幾つかの気泡と呼ばれる縦長の気流に分割して上下循環を起こす。とくに入学式や生徒総会などの多数の生徒が集まる行事の際には、人体から発せられる熱や水分によって気流の循環が乱れ、ほんの些細な撹乱がきっかけとなって、さまざまな大気現象を引き起こしやすい。→さらに「竜巻(屋内)」「洪水(屋内)」「ドミノ倒し(屋内)」参照
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