
連載
蓬萊学園の揺動!
Episode01
のちに学園を救う事になるヒロインは入学した!
(その4)
「……竜巻!?」
「そうです竜巻ですよ! いや、今日の気温と湿度を考えると、むしろ落雷と洪水が先かもしれない。とにかく逃げなきゃ!」
わたしの揺れる肩をつかんで、彼は講堂の外へ走り出します。走り出そうとします。
けれど、まわりは新入生だらけ……それも人間ドミノ倒し真っ最中の新入生(5万人)だらけなのです!
大混乱。
それはもう大混乱としか言いようのない情景でした。
誰も彼もが、誰かを押していて、押されていて、踏まれて、踏んで、引っ掴んで、しがみついて、抱き合って、熱烈な接吻を……あれ、おかしいな、この非常時に何やってるの君たち? とわたしが思わず叫びそうになったくらい混乱に便乗している新入生たちが目に入ったのは、これは余談ですが、ともかくそれくらい大混乱なのでした。そして。
わたし、見ちゃったんです。
風が――渦を巻いて――半透明の帯みたいになって――スルスルと天井に向かってのぼってゆくんです。
「わあ!」
と誰かが叫びました。
あっという間に新入生が数名、空に舞い上がります。
紫苑さまが、わたしを抱き上げて壇上へあがろうとします。でもそこへ押し寄せてきた邪魔くさいドミノ、じゃなかった親愛なる同級生となるべき新入生の皆様に押されて、わたしはコロコロと床の上。
「そよ子さん!」京太くんの叫び声。
「子猫ちゃん!」仲間の委員たちに壇上へ引き上げられた紫苑さま、その美声がわたしの全身を揺さぶります。「気をつけて!そのまま非常口へ行くんだ!」
はい、とわたしは返事しようとお口をあけました、んですがそこへドババッと生温かい液体が。
雨です! 激しい雨が降り始めたんです!
いいえ、それはもうほとんど滝でした。
警報が鳴り響きます。地響きがして、今度は奥のほうから波飛沫がどんどんこっちのほうへ、どんどんドンドンと、あああもうダメ!
消防車が突入してきます。なぜ消防車? と思うまもなく装甲車の列。それからクレーン車、迷彩服を着た屈強な委員たちがバリケードと陸橋を構築し始めます。その橋が崩れ落ち、爆竹が鳴り、バリケードと生活委員の先輩がたが横殴りの豪雨に流されてゆきます。
先ほどわたしたちを睨みつけた例の生活委員さまも、タブレットと共に、横転しながら右から左へ流れ去ってゆきます。うふふ、天罰覿面。などと一瞬だけ考えちゃったんです、わたし。ああなんていけない子なのでしょう。あの委員さまは何も悪いことしてないのに。なのにわたし、ちょっとだけ、良い気味だなあと思ってしまったんです。罪を憎んで人を憎まずと昔の偉い人も言ってます、ってこの場合悪いことしてたのはわたしたちのほうだったんですけど。
その向こうを、濡れそぼった女性教師が流されてゆきます。ああ、ああ! と悲鳴を上げてます。両手を振り回して助けを呼んでます。幾人かの男子生徒が腕を伸ばして女性教師の濡れた洋服を掴んで必死に救出します。ああ、なんて英雄的な行為でしょう! やっぱり素敵です蓬萊学園生徒!
と、その隣を、いかつい顔の男性教師が流されてゆきますがこっちは誰も見向きしません。どうやら普段から嫌われている先生のようで、生徒たちは空き缶や腐ったトマトを投げつけています(一体どこから取り出したのでしょう?)。
「床が!」
誰かが叫びました。
そうです床です。今度は床が傾き始めているのです。どういうこと!?
「――浸水が指定水準を超えました」とアナウンス。「ただ今より排水作業が開始されます、講堂内の生徒は順序よく非常出口へ向かいましょう……繰り返します、講堂内の浸水が指定水準を超えました、ただ今より」
ということは、つまり。
水だけじゃありません、生徒たちがどんどん傾いてゆく床を……というか傾斜15度のスロープを滑り降りてゆきます。非常出口なんて、とうてい辿り着けません! ていうか、この排水手順なんかおかしくないですか? あ、さらに傾斜が20度に!
「これが蓬萊学園ですよ、そよ子さん! 大講堂の最新排水設備は、まさに学園生活の真髄、冒険に満ちた日常を一日も早く新入生に馴染んでもらおうという配慮だと聞いてます!」どこか上だか横だかから京太クンの叫び声が聞こえます。あいかわらず、こちらの表情を読むのがお上手です。
「いえいえとんでもない!」
「ってわたしの表情読むのはもう良いですから!」わたし、必死に叫び返します。「どうしたらいいんですか、わたしたち!どんどん滑ってっちゃうんですけど!」
「うまくいけば! このまま! 南側の排水溝にたどり着きます! そこのわぷっ」京太クン、スロープの上から降ってくる水と生徒たちの山に押しつぶされながら答えてくれます。「そこの取っ手を掴んで右へげほがばっうまく42番非常出口へごぼげべぶくぶくぶく」
京太クンと思しき緑の塊が波に呑まれて沈んでゆき、そのすぐ横を、横転したクレーン車が滑り落ちてゆきました。
「京太クン!」
必死に、わたし、腕を伸ばしたんです。彼の腕を――つかまえた! と思ったとたん、ツルリと滑ってわたしの体は上下逆さまに。
「あああああああ!」
助けて、神さま仏さま北白川紫苑さま!
わたしと京太クンはそのまま手に手をとって流されてゆき、そして――
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