
連載
「蓬萊学園の揺動!」Episode02:いずれ学園の危機を救うことになるヒロインは授業に出席した!(その7)
蓬萊学園の揺動!
Episode02
いずれ学園の危機を救うことになる
ヒロインは授業に出席した!(その7)
アミ先輩、わたしたちを狭いカウンター席に座らせてから注文します。京太くんも慣れた調子で、
「あ、ボクはタイ捨流で。先輩ご無沙汰してます」
「おうよ」
と応えた店主とおぼしきおじさま……いや、お兄さまなのかしら? 年齢不詳、鋭い目つき、頭に手ぬぐい、腰までありそな黒髪をぎゅっと後ろでまとめ、汚れたエプロンの下は何故か警察官の制服と二挺拳銃。駐在さん? コスプレ部の古参生徒?
「だいたい合ってますね」京太くんのささやき声。「店主の三輪坂兵衛さん。学園があるこの宇津帆島の駐在さんなんですけど、副業でラーメン屋やってます。校内巡回班のOBで超大物ですよ」
ふ、副業!? 警察官は国家公務員で副業禁止……
「この学園でそんな道理が通用すると思います? それにホラ」
と見せてくれたスマホ画面は学内評判ランキングOB篇。
〈三輪坂兵衛 9位[注意:上級学生および役付き三年生以外は必ず「先輩」もしくは「さん」付けで呼ぶこと。さもないと薩摩示源流の餌食となる。]〉
よく見るとカウンター奥には長〜い日本刀が立て掛けてあるのでした。
「そっちの嬢ちゃんにゃ〈袈裟斬り大盛り〉はキツいんじゃねえのか?」
野太い声に、わたし思わず背筋を伸ばして最敬礼。アミ先輩はそんなわたしをまるっと無視して、
「あぁせやねえ、そやったらミニ薩摩芋麺で」
すぐにどんぶり三つが出てきます。アミ先輩には巨大なチャーシューが文字どおり袈裟斬りにされたラーメン、京太くんには明太レンコン入りのいかにも激辛醤油味。
わたし、硬直したまま目の前に置かれたチャーシュー麺をすすりました。ものすごく普通です。
すると。
後ろでガラリと戸が開いて(扉も純和風なのです)あらわれたのは誰あろう紫苑さま!
えええええ!? なんで!? 偶然!? 運命!? 天蓋付きベッド!?
「よお、あんちゃん」兵衛さんが声をかけました。「いつものかい」
「ああ」紫苑さん、ちょっとぶっきら棒な口調でうなずきます。
ああ、でも間近に見るお姿、麗しのお髪。世界が揺れてます、いいえわたしが世界を揺らしてます!
わたしの口が勝手に動いて、
「ししし紫苑さませせせせ先日は! ありがとうございまじだ! 今日も危なびところであぶげぼぼぼ」
食べかけのチャーシュー、メンマ、噛みかけの麺その他大勢が、わたしの喉の奥から勢いよく飛び出していきました。
紫苑さまは少しも動ぜず、まっすぐな鼻筋にペタリと貼りついたナルトを剥がすと、グッと顔を近づけ、眉をひそめ――たのですが、そんなことよりあの方の唇はわたしの(ザーサイとチャーシューの断片がまだ垂れ下がってる)お口に急接近! 素敵な香りがわたしを包み、嗚呼もうこのまま天国へ、天国へ!
「……ああ、君は先日の子猫ちゃん!」
そんなお声が天上に響きわたり、天蓋付きベッドとシルクのシーツが舞い降りてきます。
その綿菓子さながらのシーツにわたしがくるまれてベッドの上をゴロゴロ転がりまわっていると、
――ケガぁなかったんかい北白川。
――猿轡の跡くらいかな。いつものことさ。それよりアミ、例のオファーはまだ有効だよ。野々宮さまはいつでも君を上級学生に……。
――ええねん要らんねん、うちそういうん。あないな風にちょい目立つ女生徒ぉ学園じゅうからかき集めて、並べて遊んで組み合わせてぇて。きしょいちゅうねん。
――あまり野々宮さまの御趣味を悪く言わないほうが良いよ。いつ女王様の御気分が変わるか知れない。シャーロッテの顛末は知っているだろう?
――拷問部屋ぁ洗うんに三日かかったちゅうんは聞いとるけどな。
――そうさ。この僕だって、あまりここに入り浸っていたら、いつ……
そんなやりとりが聞くともなしに聞こえていたのですが、ふと、上級学生である紫苑さまは一般生徒と親しくしてはいけないのだ、ということを思い出しました。あれ、ということはアミ先輩は?
「彼女は役付きなので特例ですよ。女子寮自警団のナンバー2ですから『見なし上級学生』になりますし、職務で上級の皆さんとも交流が」
えっ!?
京太くんの非常に説明的なセリフに、わたしの意識は一気に雲の上から狭いラーメン屋のカウンター席へ引きおろされます。ルーデル大佐のシュトゥーカもびっくりの急降下です。
交流。
交流といえば交際。交際といえばお付き合い。お付き合いといえばデートで相合傘で天蓋付きのベッド。
つまり、このわたしもどこかの団体の役職に就けば……紫苑さまとベッドの上で!
「ごちそうさん」紫苑さま、お代を置くとわたしにクルリと向き直って、「というわけで子猫ちゃん、僕がここにきたことは秘密だよ! いいね?」
そのまま颯爽と去っていったのでした。
わたしは呆然と見送るばかり。鼻の穴からはまだ麺が一本垂れ下がったままです。
ああ、それにしても!
そうです。紫苑さまの熱い視線――さっきの会話のあいだじゅう、その先にあったのは、なんということでしょう!アミ先輩の巨体が!
そしてそのアミ先輩は、先ほどから京太くんへ熱い眼差し。
でもって京太くんは激辛ラーメンを難なくクリアしたかと思うと、スマホを猛然と操りつつ、わたし……じゃなくてアプちゃんをじっと!
どういうこと? わたし蚊帳の外? 主人公なのに!?
しょうがないのでわたし、アプちゃんをぐっと胸に引きよせます。
「ようやく分かってきましたよ!」
彼はスマホから指を離しました。
「これが謎の鍵だったんです」
と、彼の指先はそのままススス〜ッとこちらに伸びてわたしの胸元をくすぐろうとします。なんじゃこいつ変態か。
と思ったのは勘違いで、彼が触れたのはアプちゃんの顎の下のなんかフワフワしたあたりでした。
毛に隠れているけど、そこには首輪があって、そこから古ぼけた鍵がぶら下がってます。
「これが、先ほどの陰謀部員のダイイング・メッセージの答えです」
いや別に死んでないですけど。
「まぁそう表現したほうが面白いじゃないですか、アハハ」
そして京太くん、そのまま声をひそめて、
「あのメッセージの謎……もちろんそよ子さんもすでにお気づきのとおり……学園伝説に名高い〈失われた教科書〉を連中は求めていたのです!」
えええ? 何それ? そんなの今まで一言も出てきてない設定なのに!?
さっきのだって、単に牛と縄と滝と――ああそうか。
うし・なわ・(れ)たき・ようか・し(ょ)!
「そして今、学園伝説ペディアを検索したところによれば……」
ってこの学園なんでもあるのね。便利すぎ。
「……〈失われた教科書〉は全部で四冊存在し、すべてを集めると〈学園を動かす強大な力が手に入る〉のだそうです! ただし、それらを正しく履修するためには〈鍵〉が必要なんですが――その形状がまさにこれ! しかもちゃんと〈聖なる獣と共にあらわれ〉たんです!」
……とかなんとか京太くんは熱心に(両目を石川賢タッチでグルグルさせながら)呟いてますが、わたしもアミ先輩も全然聴いてません。
アミ先輩は京太くんを見つめっぱなし。
そしてわたしは――もちろん再び天上に舞い上がっていたのです。
教科書? 学園伝説? そんなことより役付きです。見なし上級学生です。わたし、どっかの団体のトップにならなくちゃ。それも一刻も早く!
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