
連載
蓬萊学園の揺動!
Episode03
たぶんそのうち学園を救うことになるはずの主人公は、体育祭に参加した!(その3)
そして、ガッチャコンと派手な線路切り替え音と共に路面電車は右折しました。
窓の外を、委員会センターの高いビルが通り過ぎてゆきます。
涙でぼやけるわたしの視界を埋め尽くしていたのは――なるほどこれは確かにデモ隊の騒乱!
センターのビルの周辺からまっすぐ北へ、あの「有名な五叉路」まで……それどころか大講堂に沿って、はるか彼方の革命広場のほうまで、延々と続く生徒たちの群れ、群れ、群れ!
無数の、そして極彩色のプラカード、旗、ノボリ、バルーン、風車、お立ち台、断頭台、回転舞台、仮装とピッチフォークと真っ赤な松明! 松明!?
「体育祭期間で授業ない思ぉて、好き放題やなあ」アミ先輩が独り言ちました。
「参加種目とかないんですか、この人たち。確か日程表ではあちこちで並行して百種以上の」
「種目と種目のあいだのヒマんなった時間、好き勝手に集まりよんねん。式実委員もアタマかかえとるわ」
「もしかして毎年、こんな感じに?」
「ここんとこは特になあ。何年か前から生徒会選挙が秋になりよって、その事前運動も兼ねとる、いうけど」
外はもうすっかりお祭り騒ぎです。いろんな演説が混ぜこぜに聞こえてきて、文章のかけらしか聞き取れません。
――すべてはマヤカシだ! この学園は、実際には存在しない! 本当は、僕たちは秘密結社ミスリルの基地内にあるVRの中で暮らし……
――……だから今は本当は1994年だ! 平成時代だ! まだ景気が良いんだ!
――そうです! メロンパンにはICチップが仕込まれていて、あなたの成績表を巨大なタニシに書き換えてしまうのです!
――在籍五年以下のニワカ生徒は、出ていけぇ! 純粋生徒以外は、出ていけぇ!
――……幻の教科書はすでに図書委員会が秘蔵している! 奴らはこれを用いて学園地下に埋まる十三垓円相当の予備費を独り占めするつもりなんだ! 許すまじ図書委員会!
――……そして本土からは大量にニセ学生が入り込んできています! これを許してはなりません! 学生服改正運動に名を借りて……
――ハナマル〜カツサンド〜! ハナマル〜カツサンド〜ありま〜す!
――DS、すなわちディープ生徒会が、あの公安タワーから発せられる〈ゆんゆん電波〉によってみなさんの思考を支配……
――上級学生に死を! 我らに自由を、さもなくば死を!
言ってることは大半わけがわからないですが、最後のやつだけはちょっとだけ納得できた気がしました。
上級学生。あるいは上級学生制度。
わたしの恋心をさまたげる、非人道的で邪魔くさいシステム。
たしかに、わたしも反対です。あるいは、わたしを見なし上級学生にしてくれないなら反対です。
ふと、その時、わたしは隣のアミ先輩を見上げました。
その横顔は、ひどく寂しげで、哀しそうで、それでいて何かにとってもウンザリしているような、何かを待ち焦がれているような、不思議な表情なのでした。
「そういえば――」わたしの中の何かが辛抱できなくなって、わたしの唇は言葉を紡ぎ出していました。「そういえば先輩は、どうして上級学生待遇を受けないんですか」
アミ先輩、横を向いたまま――真下を通り過ぎる弁天川を見つめていました。
「うち、この川のこのへんから下流んとこ、好っきゃねん」
「親水公園になってるとこですか」
わたしは窓の外を見下ろしながら言いました。
下流――つまり、弁天川が太い本流の墨川に流れ込むところ――たしか、わたしと京太くんが入学式に流されてきたあたりです。上流はまだまだ暴れ川ですが、下流のほうだけはきちんと治水工事がほどこされ、川べりも美しくて歩きやすいのです。
「どうして途中までなんでしょうね」
わたしは思わず言いました。
「――なんや昔いろいろあったらしいで。知らんけど」
アミ先輩は言いました。
わたしに向かって? 自分に向かって? それとも、ここにいないどこか遠くの誰かに向かって?
「そんでも――どこぞの誰やら知らん先輩が、この学園の何かをなんとかせな思て、きばりはったいうんはわかんねん。あれのおかげで、雨季の洪水だいぶん減ったらしいしな」
「……その先輩のお名前は?」
「さあなあ」
アミ先輩は肩をすくめました。
「だいぶん前に学園の書類がワヤんなって、昔のことがよう分からんくなっとんねん。〈欠史八代〉いうてな。生徒会やら委員会やらの資料が八代ぶん、あかんようになってもうて……女子寮自警団も、ちっとは影響出てたらしいで」
「ほえ〜」
入学式のパンフで、この蓬萊学園は百数十年の歴史がありますということは読んだのですが、流石にそれだけ長いと、そういうこともあるのでしょうか。あ、だからさっきのデモみたいにヘンテコな陰謀論が流行ってるのかしらん。
「そんで……」でもアミ先輩は静かに続けるのでした。「そんでもな――川は今でもキレイやし、やりはったお人の名前は分からへんようにならはっても、やりはったことはちゃんと残っとんねん。それだけは、誰にも消せへんねん。――そういう、縁の下の力持ちになりたいんよ、うちも」
わたしはうなずきました。
うなずくしかありませんでした。
そして心のはしっこで、うまくしたらアミ先輩のおこぼれにあずかって、手っ取り早く上級学生になれるかもと妄想していた数十秒前までの自分をピシピシと鞭でしばきました。本格的な乗馬用のだと痛いからソフトなやつ、でですけど。
小さくなった委員会センターのまわりで、褌しか絞めてない頭ツルッパゲの生徒たちと、暑苦しそうな詰襟をまとった男子生徒の集団が、なにやらワッショイ! とか根性! とか合唱しつつ、遠ざかりながらぶつかり合っているのが見えました。
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